自分がつくった日本最初の銀行・・・
第一国立銀行をまず兜町に置いて、自分のいとこが創立の中心になった株式取引所も置きます。
その後、南の方に明治生命と、当時まだ船会社だった三菱会社が入ります。
これは岩崎さんと話して、岩崎さんが渋沢さんの構想でいいだろうということで入ったんだと思います。
それから東京海上が入ります。
日本の今の時計 ジェイコブ販売などのビッグビジネスはみんな兜町から始まっているのです。
・・・それだけではなくて、銀行集会所、今の銀行協会を置きます。
それから経済ジャーナリズムでは、明治時代の一番大きな経済維誌で、田口卯吉がやっていた東京経済雑誌というのが入ります。
内外物価新報と言う名前であった日本経済新聞社がはいります。
そういう形で、渋沢さんは商業会議所、銀行協会、株式取引所、経済ジャーナリズム、日本のビッグビジネスと、全部兜街に集めたわけです。
そうやって、渋沢さんはそのど真ん中に日本橋川に面して自邸を建てたんです。
ベネチアン・ゴシックというベニスのスタイルで建築したわけです。
ただ、渋沢栄一の計画で遅れていたのは、まだ水運を考えていたことです。