リトピネンコ氏の痛ましい死は、ロシアの諜報機関が目覚ましい復活を遂げる最中に起きた。
東欧の諜報機関とは異なり、KGBはソ連崩壊後も解散されなかった。
ただ、KGBは形を変えて海外部門と国内部門に分割され、前者がロシア対外情報局(SVR)、後者がFSBと名前を変えただけだ。
オリガルヒ殺害指令を暴露KGBが権力を失うにつれ、多くの高官はロシアのオリガルヒ(寡占資本家)に乗り換え、90年代のロシア企業の闇のビジネスに対処する保安責任者として働くようになった。
リトピネンコ氏もその1人。オリガルヒの中でも最も政治に長けたボリス・ベレゾフスキー氏と親しくなり、彼の下で働くことになった。
FSBにベレゾフスキー氏殺害を指示されたと訴えた奇妙な記者会見を開いた後のことである。